「記憶にございません」は<黒>と同義語!?

「記憶にございません」「覚えていません」「知りません」――

証人喚問などでスキャンダルの追及を受けたときに、政治家がよく口にするセリフである。

“言葉”ではなく、“セリフ”と書いたのはワケがある。“セリフ”とは本来、脚本に書かれた創作言葉を指すからだ。

自然に発せられた言葉は“言葉”と呼ぶが、脚本に書かれた創作言葉は“セリフ”と呼ぶ。

では、なぜ「記憶にございません」「覚えていません」「知りません」が“セリフ”なのだろうか?

もしその政治家が疑惑に対して<白(無実)>を自覚しているのであれば、本来、質問に対する答えは、「私はしていない」、あるいは「私はやっていない」
が自然である。

ただ、本人が<黒(犯人)>を自覚していながらウソをつこうとした場合、「私はしていない」と答えるのは、その政治家にとって都合がよろしくない。なぜ
なら、その政治家が<黒>だという決定的な証拠が登場したときに、偽証罪に問われるからだ。

一方、「記憶にございません」「覚えていません」「知りません」と答えた場合であれば、どうだろうか? 万が一、本人が<黒>だという決定的な証拠が登
場しても、「えっ、オレは覚えてないんだけどなー」とシラを切ることができるのである。

つまり、政治家は偽証罪を免れるために、脚本に書かれた便利な“セリフ”を用いるわけだ。
「記憶にございません」は、免罪符なのである。

逆を言えば、これらの“セリフ”を用いるということは、「偽証罪を免れようとしている=自分は<黒>だと認める」ことにほかならない。

もし疑惑が事実無根であるならば、本来、「私はしていません」と答えればいいだけの話である。

このちょっとしたからくりを頭に入れておけば、疑惑の矢面に立たされた政治家の<白黒>を見抜くことは、そう難しくなくなる。

疑惑の追及を受けた政治家が、「記憶にございません」「覚えていません」「知りません」と答えた場合は、十中八九(当社比)、本人が<黒>を自覚してい ると考えていい。

一方、堂々と「私はしていない」「私はやっていない」と答える政治家は、かなりの確率で<白>であるか、偽証罪の存在を知らないおまぬけ者である。

さらに、「私はした」「私はやった」と答える政治家は――それは、犯人に間違いない(笑)