フランク・チャーチ

フランク・フォレスター・チャーチ3世(Frank Forrester Church III、1924年7月25日 – 1984年4月7日)は、アメリカ合衆国の弁護士、政治家。アイダホ州選出の民主党上院議員。

日本では、ロッキード事件の引き金役となったアメリカ上院外交委員会多国籍企業小委員会(通称、チャーチ委員会)委員長として知られる。

1924年7月25日アイダホ州生まれ。

1942年スタンフォード大学法学部を卒業。

1943年アメリカ軍に入隊し、第二次世界大戦では、中国、ビルマ、インド戦線に従軍した。除隊後、1947年ハーバード大学に入学し、ハーバード・ロー・スクールを修了し、弁護士事務所を開設する。

1956年上院議員に32歳の若さで当選する。

1967年マクガバン、フルブライト両上院議員とともにベトナム戦争の解決を要請する声明を発表し、翌1970年5月共和党のジョン・シャーマン・クーパー上院議員とともにアメリカの一切の軍事介入禁止を求めた「クーパー・チャーチ修正案」Cooper-Church Amendmentを提出して、一躍脚光を浴びた。

1973年チリのサルバドール・アジェンデ政権崩壊を契機に、多国籍企業の活動が外交に与える影響が大きいとして上院外交委員会の下に多国籍企業小委員会が設置されるとチャーチは小委員長に選出される。チャーチは、アジェンデ政権崩壊に関与した企業とCIAの関係を追及した。

1974年アメリカの資源外交とメジャーの癒着に関して、石油メジャー15社を対象に公聴会を開催。1975年CIAの内外における非合法活動が明るみに出ると、上院に情報機関の活動を監督する調査特別委員会が設置されると同委員長を兼務し、同年11月CIAが5件の外国要人暗殺に関与したことを報告し、1978年外国情報評価法の制定に寄与した。

ロッキード事件関連では、チャーチ委員会にロッキード社のカール・コーチャン副社長を喚問し、厳しく追及し、日本政府高官に対するトライスター機売り込みに関する情報を聞き出した。

1984年1月すい臓がんのため入院し、同年4月7日メリーランド州ベセスダの自宅で死去。59歳。