ロッキード事件とは

ロッキード事件の概要
ロッキード事件は、国内航空大手の全日空の新ワイドボディ旅客機導入選定に絡み、自由民主党衆議院議員で(当時)前内閣総理大臣の田中角栄が、1976年7月27日に受託収賄と外国為替・外国貿易管理法違反の疑いで逮捕されたという前代未聞の事件である。 政治家では田中前首相の他にも、佐藤孝行運輸政務次官(逮捕当時)や 橋本登美三郎元運輸大臣が逮捕された他、 全日空の若狭得治社長やロッキードの販売代理店の丸紅の役員と社員、 行動派右翼の大物と呼ばれ、CIAと深い関係にあった児玉誉士夫や、 児玉の友人で「政商」と呼ばれた小佐野賢治が逮捕され、 関係者の中から多数の不審死者を出すなど、第二次世界大戦後の疑獄事件を代表する大事件となったものである。

ロッキード事件の証人喚問
ロッキード事件の証人喚問は、チャーチ委員会での証言内容を受けて、 検察などの本格的捜査の開始に先立つ1976年2月16日から数回に渡って行われた。 衆議院予算委員会には、事件関係者として小佐野賢治や 全日空の若狭社長や渡辺副社長、大庭元社長、 檜山廣丸紅会長や大久保利春専務、 ロッキード社の鬼俊良日本支社支配人などが証人喚問され (なお「病床」にあった児玉誉士夫は病院で臨床取調べを受けた)、 この模様は全国にテレビ中継された。

ロッキード事件の捜査について
三木武夫首相はチャーチ委員会での証言内容と世論の 沸騰を受けて捜査の開始を指示し、 同時にアメリカのジェラルド・フォード大統領に対して 捜査への協力を正式に要請するなど、事件の捜査に 対して異例とも言える積極的な関与を行った。 また、三木首相直々による捜査開始の指示を受けて、 2月18日には最高検察庁、東京高等検察庁、 東京地方検察庁による初の検察首脳会議が開かれ、 同月24日には検察庁と警視庁、国税庁による 合同捜査態勢が敷かれた。 捜査を指揮した伊藤栄樹東京地方検察庁検事(のち検事総長) の証人喚問での答弁 「まず初めに“5億円ありき”とご承知願いたい」は有名になった。

ロッキード事件裁判について
衆議院予算委員会における数度に渡る証人喚問や、5月14日に衆議院で、同19日に参議院に設置された「ロッキード問題に関する特別委員会」などにおいて、これらの証人による証言の裏付け作業が進んだ上、検察などによる捜査が急激なペースで進んだ結果、事件の発覚から半年にも満たない7月から8月にかけて田中前首相や檜山、若狭などの多くの関係者が相次いで逮捕され、東京地方裁判所に起訴された。 田中前首相は、1976年(昭和51年)7月27日に逮捕されたのち、8月16日に東京地検特捜部に受託収賄と外為法違反容疑で起訴され、その翌日に保釈保証金を納付し保釈された。田中前首相に対する公判は1977年(昭和52年)1月27日に東京地方裁判所で開始され、日本国内はおろか世界各国から大きな注目を集めることになった。その後1983年(昭和58年)10月12日には懲役4年、追徴金5億円の有罪判決が下った(5日後に保釈保証金2億円を納付し再度保釈)。この第一審判決を受けて国会が紛糾し、衆議院解散のきっかけとなった(田中判決解散)。 田中前首相はこれに対して「判決は極めて遺憾。生ある限り国会議員として職務を遂行する」と発言し控訴したが、1987年(昭和62年)7月29日に控訴棄却、上告審の最中の1993年(平成5年)12月16日の田中の死により公訴棄却(審理の打ち切り)となった。

ロッキード事件その後
全日空が発注したDC-10 全日空が発注キャンセルしたものの、既に製造中であったマクドネル・ダグラスDC-10は3機あったが、マクドネル・ダグラス社は売れ残った他の機体と共に各国の航空会社にダンピング販売した。そのうちの1機がトルコ航空に販売され、のちに1974年にトルコ航空DC-10パリ墜落事故を引き起こした(この事故の原因はマクドネル・ダグラスDC-10の設計上の問題であった)。
全日空はL-1011 トライスターを事件発覚前の1974年から導入し、事件が明らかになった後も導入を続けて最盛期には21機保有した。全日空は同機を国内線の主要機種として、また1986年に初就航した国際線の主要機種として使用したものの、より大型なボーイング747の導入やより燃費効率に優れるボーイング767の導入を受けて、奇しくも田中角栄元首相の死去と時を同じく1995年を最後に全機退役させた。運行中に人身事故や全損事故を起こしていない全日空にとって稀有な機種のひとつでもある。

ロッキード事件陰謀説
諸説 ヘンリー・キッシンジャー(左)とジェラルド・フォード(右)後に事件当時のジェラルド・フォード政権の国務長官であったヘンリー・キッシンジャーが、『ロッキード事件は間違いだった』と中曽根康弘に述べたとされる(ただし、どのような意味で「間違い」だとしてるのかは不明である)。
その他にも、この事件が発覚する過程において、贈賄側証人として嘱託尋問で証言したロッキード社のコーチャン副社長とクラッター元東京駐在事務所代表が、無罪どころか起訴すらされていない点、ロッキード社の内部資料が誤って上院多国籍企業小委員会に誤配されたとされる点など、事件に関連していくつもの不可解な点があったため、ソ連やアラブ諸国からのエネルギー資源の直接調達を進める田中前首相の追い落としを狙った石油メジャーとアメリカ政府の陰謀だったとする説、または中華人民共和国と急接近していた田中を快く思っていなかったアメリカ政府が角栄を排除する意味があったとする説がある。

ロッキード事件にかかわる問題点
金額の不一致(政治主義裁判) ロッキード社の工作資金が児玉と丸紅に30億円流れ、そのうちの過半が児玉に渡っている以上、5億円の詮議も解明されなければならない事柄であるから当然解明するのは道理にかなっていることではあるが、さることながら金額が多いほうの流通は一向に解明されていない。この方面の追跡が曖昧にされたまま5億円詮議の方にのみ向うというのは「政治主義裁判」である可能性がある。 他方で、問題にすべきは事件の全容が解明されなかったことであって、そのことをもってロッキード裁判を批判するのはあたらない、という見方もある。また、私人である児玉に渡った資金と総理大臣であった田中前首相に渡った(とされる)資金とは、たとえその額に大きな違いがあるとしても、同列に並べて考えられるべきではないだろうという意見も多い。

ロッキード事件で生まれた流行語
ロッキード事件では、捜査や裁判が進むにつれ、事件関係者が発した言葉や事件に関連した符丁が全国的な流行語となった。

記憶にございません」:小佐野賢治が衆議院予算委員会で事件について聞かれた時の言葉。

ピーナツ」:贈賄時に100万円を「1ピーナツ」と隠語で数えていた。他に「ピーシズ(pieces)」も。

ハチの一刺し」:田中元総理の元秘書で、事件で有罪となった榎本敏夫の三恵子前夫人が、榎本に不利な法廷証言を行なった心境について述べた言葉。

よっしゃよっしゃ」:田中元総理が全日空への工作を頼まれたときに発したとされる言葉。

参考文献

立花隆  『ロッキード裁判批判を斬る』全3巻 (朝日新聞社)

立花隆  『田中角栄研究-全記録』上下 (講談社)

堀田力  『壁を破って進め-私記ロッキード事件』上下 (講談社)

田原総一朗  『戦後最大の宰相 田中角栄〈上〉ロッキード裁判は無罪だった』 (講談社プラスアルファ文庫)

徳本栄一郎  『角栄失脚 歪められた真実』 (光文社 著者は訴訟資料を再調査した元ロイター記者 )

木村喜助  『田中角栄の真実』 『田中角栄 消された真実』(弘文堂 著者は一審から上告審まで担当した弁護士)

井上正治  『田中角栄は無罪である。』 (講談社)

小室直樹  『田中角栄の遺言』 (ザ・マサダ)『田中角栄の呪い』 (光文社)

秦野章  『何が権力か』 (講談社)

小山健一  『私だけが知っている「田中角栄無罪論」』 (講談社出版サービスセンター)

田中角栄を愛する政治記者グループ  『田中角栄再評価 ― ロッキード事件も無罪だった!?』 (蒼洋社)

早坂茂三  『怨念の系譜』 (東洋経済新報社)